トランプ減税法案による脱炭素後退で温室ガス排出量が大幅増加する理由

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2025年7月3日に米連邦議会下院で可決されたトランプ減税法案が、環境政策に大きな転換点をもたらしています。この法案はバイデン前政権が推進した史上最大の対気候変動投資であるインフレ抑制法(IRA)を事実上骨抜きにする内容となっており、専門家からは温室ガス排出量の大幅増加が予測されています。

一方で、化石燃料産業への優遇策が大幅に拡充される内容も含まれており、脱炭素社会の実現に向けた取り組みが後退する可能性が高まっています。環境シンクタンクの分析では、今後10年間で米国の二酸化炭素排出量が8%から10%増加する見込みとなっており、世界の気候変動対策に深刻な影響を与えることが懸念されています。

この記事を読むとわかること

  • トランプ減税法案による脱炭素政策の具体的な変更点
  • 温室ガス排出量増加の詳細な予測と根拠
  • 化石燃料産業への優遇策の内容と影響
  • 再生可能エネルギー業界への長期的な影響

トランプ減税法案の概要と脱炭素への影響

今回成立したトランプ減税法案は、気候変動対策の根幹を揺るがす内容となっています。

史上最大の対気候変動投資を骨抜きにする内容

バイデン前政権が2022年に導入したインフレ抑制法(IRA)は、総額3700億ドルという史上最大規模の気候変動対策予算を計上していました。この法案では、電気自動車の普及促進、太陽光発電や風力発電への投資拡大、そして製造業の脱炭素化支援などが盛り込まれていました。

しかし、トランプ減税法案はこれらの施策を大幅に削減または撤廃する内容となっています。例えば、電気自動車購入時の最大7500ドルの税控除は2025年末で終了し、本来なら2030年代まで継続される予定だった支援が大幅に前倒しされました。

また、太陽光発電や風力発電への投資税控除も段階的に削減され、2027年までに完全に終了することが決定されています。これにより、再生可能エネルギー業界の成長が大幅に鈍化することが予想されています。

バイデン前政権のインフレ抑制法(IRA)撤回の詳細

IRAで定められていた主要な支援策の多くが、今回の法案で見直されることになります。

製造業向けの生産税控除である「45X」プログラムも大幅に縮小されます。このプログラムは、太陽光パネルや風力発電機、電気自動車用バッテリーなどの国内製造を促進するために設けられていましたが、新たな法案では2026年末で終了することが決定されています。

ただし、すべての支援策が撤廃されるわけではありません。原子力発電、地熱発電、水力発電、そして大規模蓄電システムに対する税控除は維持されることになっています。これらの電源は運転時に二酸化炭素を排出しないため、完全に脱炭素化を放棄するわけではないという政府の姿勢を示しています。

電気自動車税控除の終了時期前倒しの影響

電気自動車普及の要となっていた購入時税控除の前倒し終了は、自動車業界に大きな衝撃を与えています。

現在の制度では、一定の条件を満たした電気自動車を購入する際に最大7500ドルの税控除を受けることができます。この制度は2030年代まで継続される予定でしたが、新法案では2025年末で打ち切られることになっています。

自動車業界の専門家は、この変更により2026年以降の電気自動車販売台数が30%から40%減少する可能性があると警告しています。特に、価格競争力で劣る国産電気自動車メーカーへの影響は深刻で、テスラ以外の米国メーカーの多くが事業縮小を余儀なくされる可能性があります。

さらに、充電インフラの整備支援も大幅に削減されるため、電気自動車の普及に必要な基盤整備も遅れることが予想されます。

太陽光・風力発電支援策の段階的撤回

再生可能エネルギー分野では、太陽光発電と風力発電への支援策が段階的に撤回されることになります。

投資税控除(ITC)は現在30%の控除率が適用されていますが、2026年に20%、2027年に10%と段階的に削減され、2028年以降は完全に廃止されます。この変更により、大規模太陽光発電プロジェクトの採算性が大幅に悪化することが予想されています。

風力発電に対する生産税控除(PTC)も同様に段階的に削減され、2027年末で完全に終了します。風力発電業界の関係者は、この変更により新規プロジェクトの80%が中止または延期される可能性があると述べています。

興味深いことに、当初検討されていた再生可能エネルギープロジェクトへの増税条項は、共和党内の反対により撤回されました。これは、テキサス州やアイオワ州など、再生可能エネルギー産業が盛んな共和党支持州の議員からの強い反発があったためです。

トランプ減税法案が温室ガス排出に与える長期的影響

新法案による環境への影響は、単に支援策の撤廃にとどまらず、長期的な温室ガス排出量の増加につながることが予測されています。

米国CO2排出量8%増加の環境シンクタンク予測

米環境シンクタンク「気候・エネルギー解決センター」の分析によると、トランプ減税法案の実施により、米国の二酸化炭素排出量は2035年までに8%増加すると予測されています。

この増加は主に、再生可能エネルギーの導入ペースが鈍化し、代わりに天然ガス火力発電所の稼働率が上昇することによるものです。また、電気自動車の普及が遅れることで、運輸部門からの排出量も増加することが見込まれています。

さらに別の分析では、環境保護局(EPA)による火力発電所の排出規制緩和も検討されており、実際に規制が緩和された場合、排出量の増加幅は10%から12%に拡大する可能性があることが指摘されています。

世界2位の排出国である米国の責任と影響

米国は中国に次ぐ世界第2位の温室ガス排出国であり、全世界の排出量の約15%を占めています。

国際エネルギー機関(IEA)の専門家は、米国の排出量が8%増加した場合、世界全体の排出削減目標達成が困難になると警告しています。特に、2030年までに世界の排出量を2010年比で45%削減するという目標は、米国の協力なしには実現不可能とされています。

また、米国が脱炭素化への取り組みを後退させることで、他の主要排出国も同様の政策転換を行う可能性があります。これにより、パリ協定の目標達成がさらに困難になることが懸念されています。

化石燃料産業への優遇策拡大の詳細

新法案では、化石燃料産業への支援が大幅に拡充されています。

石炭産業に対しては、国内生産に対する新たな税額控除制度が導入されます。この制度により、石炭1トンあたり最大5ドルの税控除が適用され、石炭火力発電所の競争力が向上することが期待されています。

石油・天然ガス産業に対しても、連邦政府が所有する土地での採掘に関する費用負担が大幅に削減されます。具体的には、採掘権の取得費用が現在の半額程度まで引き下げられ、環境影響評価の簡素化も実施されます。

これらの優遇策により、化石燃料の生産コストが大幅に削減され、再生可能エネルギーとの価格競争において有利な立場に立つことになります。

再生可能エネルギー導入鈍化の懸念

英シンクタンク・エンバーのリチャード・ブラック政策・戦略ディレクターは、「米国における再生可能エネルギーの導入を鈍化させることはほぼ間違いない」と指摘しています。

現在、米国の発電量に占める再生可能エネルギーの割合は約22%まで上昇していますが、新法案の実施により、この伸び率が大幅に鈍化することが予想されています。業界関係者は、2030年までに再生可能エネルギーの割合を40%まで拡大するという目標が達成困難になると述べています。

特に深刻なのは、研究開発投資の削減です。政府による再生可能エネルギー技術の研究開発予算も大幅に削減される予定であり、長期的な技術革新が遅れる可能性があります。

石炭・石油ガス採掘への税額控除と増産促進

化石燃料産業への優遇策は、単なる税負担の軽減にとどまらず、積極的な増産促進策も含まれています。

石炭産業では、新規採掘プロジェクトに対する初期投資の50%を税額控除の対象とする制度が導入されます。また、石炭火力発電所の寿命延長工事に対しても、工事費用の30%を税額控除として還付する制度が設けられます。

石油・天然ガス産業では、シェール油・シェールガスの採掘技術開発に対する研究開発税制が拡充されます。これにより、より効率的な採掘技術の開発が促進され、生産コストのさらなる削減が期待されています。

環境保護局の火力発電所規制緩和検討

環境保護局(EPA)では、火力発電所に対する排出規制の大幅な緩和が検討されています。

現在の規制では、新設される火力発電所は最新の排出抑制技術の導入が義務付けられていますが、この要件が緩和される可能性があります。また、既存の火力発電所に対する排出基準も見直され、より緩い基準が適用される見込みです。

これらの規制緩和により、火力発電所の建設・運営コストが大幅に削減され、天然ガス火力発電所の新設が促進されることが予想されています。

米石油協会が称賛する業界優先事項の実現

米石油協会のマイク・ソマーズ最高経営責任者は、米CNBCテレビに対して「我々の優先事項はすべて含まれている」と述べ、新法案を強く支持する姿勢を示しました。

石油業界が長年求めてきた規制緩和や税制優遇が網羅的に盛り込まれており、業界関係者は「過去20年間で最も業界に有利な法案」と評価しています。具体的には、海上採掘の許可手続きの簡素化、パイプライン建設の環境審査期間短縮、そして石油輸出規制の完全撤廃などが含まれています。

環境NGOからの強い批判と今後の対応

一方、環境保護団体からは強い批判の声が上がっています。

米国を代表する環境NGO「自然資源防衛協議会(NRDC)」のマニシュ・バプナ会長は、「法案に賛成票を投じた議員は、米国の健康や家計、公有地や海洋の保護、安全な気候よりも、最富裕層への減税を優先した。恥を知るべきだ」と強く批判しました。

また、気候変動対策に取り組む複数の州政府は、連邦政府の政策変更に対抗するため、独自の支援策を拡充する方針を発表しています。カリフォルニア州では、州独自の電気自動車購入支援制度の拡充が検討されており、ニューヨーク州では再生可能エネルギープロジェクトへの州税控除制度の導入が検討されています。

まとめ

トランプ減税法案の成立により、米国の気候変動対策は大きな転換点を迎えています。再生可能エネルギーへの支援削減と化石燃料産業への優遇策拡大により、温室ガス排出量の増加は避けられない状況となっています。

しかし、州レベルでの独自の取り組みや、民間企業による自主的な脱炭素化の動きは継続しており、連邦政府の政策変更がすべての脱炭素化努力を停止させるわけではありません。今後は、多様な主体による気候変動対策の重要性がより一層高まることが予想されます。

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