中国政府が2025年6月29日、東京電力福島第1原発の処理水海洋放出を理由に約2年間停止していた日本産水産物の輸入を一部再開すると発表しました。この決定は、中国が一貫して「核汚染水」と呼び続けてきた処理水問題における大きな方針転換を意味しています。
今回の輸入再開により、中国の批判的姿勢が国際的に孤立し、結果的に自国に不利益をもたらすブーメラン効果を生んだことが明らかになりました。
中国の核汚染水批判と輸入停止の経緯

処理水を「核汚染水」と呼び続けた中国の主張
中国政府は2023年8月の処理水海洋放出開始以降、一貫して科学的根拠よりも政治的な立場を優先した対応を取ってきました。国際原子力機関(IAEA)が「国際的な安全基準に合致する」との包括報告書を公表したにも関わらず、中国は処理水を「核汚染水」や「核廃水」と呼び続けました。
この表現は科学的な事実に基づくものではなく、感情的な反発を煽る目的で使用されています。実際に、IAEAの検査結果では処理水の安全性が確認されており、多核種除去設備(ALPS)により放射性物質の大部分が除去されていることが証明されています。
中国外務省の報道官は記者会見で繰り返し「核汚染水」という表現を使用し、日本の対応を「無責任」だと批判してきました。しかし、このような一方的な主張は国際社会では説得力を持たず、むしろ中国の政治的意図が透けて見える結果となりました。
2023年8月から始まった日本産水産物の全面禁輸
処理水の海洋放出が開始された2023年8月24日、中国税関総署は即座に日本産水産物の輸入を全面停止する措置を発表しました。この決定は事前の科学的検証や段階的な対応を経ることなく、政治的判断に基づいて下されたものです。
禁輸措置は日本の水産業界に深刻な打撃を与えました。特にホタテ貝については、中国が最大の輸出先だったため、多くの漁業者や加工業者が経営難に陥る事態となりました。
一方で、この全面禁輸は中国国内の水産物価格上昇や供給不足を招く結果も生みました。日本産水産物に代わる安全で高品質な代替品の確保が困難となり、中国の消費者にも不利益をもたらしています。
IAEA承認を無視した独自路線の背景
中国がIAEAの科学的判断を軽視した背景には、複数の政治的要因が存在します。まず、日本との歴史的な対立関係があり、処理水問題を外交カードとして利用する意図が見て取れます。
また、中国はIAEA分担金の支払いを遅延させるなど、国際機関への不満を露骨に示しています。これは「加盟国の十分な議論を経ずに行われており、独立性に欠ける」という中国の主張に基づくものですが、実際にはIAEAの専門的判断に対する政治的な反発と解釈できます。
さらに、中国国内の反日感情を煽ることで、国民の注意を他の問題から逸らす狙いもあったと考えられます。しかし、この戦略は長期的には中国の国際的信頼性を損なう結果となりました。
国際世論との温度差が露呈した瞬間
中国の強硬姿勢とは対照的に、国際社会の反応は比較的冷静でした。IAEA総会では約30か国が発言した中で、処理水放出を批判したのは中国のみという事実が、中国の孤立を象徴しています。
韓国やデンマークなどからはIAEAの取り組みや日本の情報発信を支持する声が上がり、中国の主張が国際的な支持を得られていないことが明確になりました。特に韓国については、当初は慎重な姿勢を示していたものの、科学的データの検証を経て日本の対応に理解を示すようになっています。
この国際世論との乖離は、中国が期待していた「日本包囲網」の形成に失敗したことを意味します。むしろ、科学的根拠を軽視する中国の姿勢が国際的な批判を招く結果となりました。
中国が核汚染水問題で方針転換した真の狙い

2025年6月の輸入再開発表が示す政策変更
中国税関総署が2025年6月29日に発表した輸入再開措置は、明らかな政策転換を示しています。この決定により、37道府県の水産物について条件付きで輸入が再開されることになりました。
再開の条件として、日本政府が発行する放射性物質の検査証明書や衛生証明書の提出が義務付けられています。これは従来の全面禁止から、科学的検証に基づく管理体制への移行を意味しており、中国がIAEAの基準を事実上受け入れたことを示しています。
ただし、福島、東京、千葉など10都県については引き続き対象外とされており、中国政府が完全に方針を転換したわけではありません。この部分的な解禁は、国内向けの体面を保ちながら実利を取る巧妙な戦略といえるでしょう。
37道府県限定解禁に込められた政治的メッセージ
今回の輸入再開が37道府県に限定されている点には、中国の政治的配慮が色濃く反映されています。福島県を含む10都県を除外することで、「核汚染水」への警戒を継続しているという姿勢を国内外に示そうとしています。
この選択的な解禁措置は、科学的合理性よりも政治的な思惑を優先したものです。実際には、日本の水産物は全国的に厳格な放射性物質検査を受けており、地域による安全性の差は存在しません。
それでも中国が地域限定の解禁を選択した理由は、国内の批判を最小限に抑えながら経済的利益を回復したいという意図があります。完全な方針転換は政治的な失点と見なされるリスクがあるため、段階的なアプローチを採用したものと分析できます。
福島など10都県除外で保った体面維持戦略
中国が福島県を含む10都県を除外した判断は、明らかに体面維持を目的とした政治的な配慮です。これらの地域には福島第1原発に近い地域も含まれており、中国政府は「最も危険な地域からの輸入は依然として禁止している」という論理で国内世論の批判をかわそうとしています。
しかし、この除外措置は科学的根拠に基づくものではありません。例えば東京都や千葉県の水産物が福島県よりも危険であるという科学的証拠は存在せず、むしろ政治的な象徴性を重視した判断といえます。
この体面維持戦略により、中国は「核汚染水」への警戒を完全に放棄したわけではないという立場を保持しています。ただし、このような部分的な対応は長期的には持続困難であり、最終的には全面解禁への道筋をつけるための過渡的措置と考えられます。
経済的損失と外交的孤立からの脱却努力
中国の方針転換の背景には、2年間の禁輸措置がもたらした深刻な経済的損失があります。日本産水産物、特に高品質なホタテ貝やウニなどの代替品確保が困難となり、中国の水産物市場に大きな影響を与えました。
また、中国の水産加工業界も原材料不足に悩まされることになりました。日本産水産物の品質と価格競争力は高く、他国産での完全な代替は実現できていません。この状況が長期化すれば、中国の水産業界全体の競争力低下を招く恐れがありました。
外交面でも、処理水問題での孤立は中国にとって望ましい状況ではありませんでした。科学的根拠を軽視する姿勢は、他の国際問題における中国の発言力低下にもつながりかねません。このような複合的な要因が、今回の政策転換を促したと考えられます。
「核汚染水」論争で中国が陥ったジレンマ
中国が「核汚染水」という表現にこだわり続けた結果、自らが作り出した論理的矛盾に陥ることになりました。科学的に安全性が証明された処理水を危険視し続ける一方で、経済的な必要性から輸入を再開するという二律背反の状況です。
この矛盾は中国の政策決定における科学軽視の問題を浮き彫りにしています。感情的な反発や政治的思惑を優先した結果、合理的な判断が困難になり、最終的には自国の利益を損なう結果となりました。
さらに、「核汚染水」という表現を使い続けながら輸入を再開することは、中国政府の一貫性への疑問を生じさせます。国民に対して危険性を訴えてきた水産物を再び輸入することの説明責任が問われることになるでしょう。
自国原発からの放射性物質排出という矛盾
中国の「核汚染水」批判が特に問題視されるのは、中国自身が運営する原子力発電所からも放射性物質を含む水が排出されているという事実があるためです。IAEA総会で日本代表が指摘したように、中国の原発は処理水以上の濃度で放射性物質を排出している場合があります。
この事実は中国の批判の根拠を大きく揺るがすものです。自国では同様の、あるいはより高濃度の放射性物質排出を行いながら、日本の処理水のみを問題視する姿勢は明らかに一貫性を欠いています。
国際社会はこのような二重基準を見逃しません。中国の批判が科学的根拠ではなく政治的意図に基づくものであることが明確になり、中国の主張への信頼性は大きく損なわれることになりました。
近隣諸国の追随なき単独批判の限界
中国が期待していた近隣諸国による日本批判の連帯は実現しませんでした。韓国は当初慎重な姿勢を示していたものの、科学的検証を経て日本の対応に理解を示すようになり、他の東南アジア諸国も中国の主張に追随することはありませんでした。
この孤立状況は中国の外交戦略の失敗を意味します。感情的な反発に基づく批判では国際的な支持を得ることができず、むしろ中国の信頼性を損なう結果となりました。
近隣諸国が中国に追随しなかった理由は明確です。IAEAという国際機関の科学的判断を尊重し、感情論ではなく事実に基づいた判断を行ったためです。この現実は中国の影響力の限界を示すものでもあります。
ブーメラン効果で失った国際的信頼性
中国の「核汚染水」批判は、最終的に自国への信頼性低下というブーメラン効果を生み出しました。科学的根拠を軽視し、政治的思惑を優先する姿勢は、他の国際問題における中国の発言力にも悪影響を与えています。
今回の輸入再開により、中国が自ら危険性を主張していた水産物を結局は受け入れることになったという矛盾が露呈しました。この事実は、中国の批判が本質的に政治的なものであったことを証明しています。
国際社会における信頼性の回復には長期間を要するでしょう。科学的事実よりも政治的立場を優先する国として認識されることは、中国の国際的地位にとって大きな損失といえます。このような結果こそが、中国の批判がもたらした最大のブーメラン効果なのです。
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